‘園だより’
2012年5月
2012年4月
2012年2月
2012年2月号
名寄幼稚園 園長 中川貞惠
1月21日に行われたピヤシリスキー場での雪中運動会は、大自然の中でご家庭の皆様と楽しいひと時を過ごす事ができました。
当日の気温は-23℃以下となり今年一番の冷え込みでしたが、午後からは柔らかい日差しにも恵まれ汗をかいて遊ぶ場面もありました。親子そり滑り・座布団滑りでは、スピード感やスリル感を体験し、リレーの時はそりを引く父母の速さに落ちないように、そりの取手を持っている子どもたちの顔は真剣そのものでした。親子とチームがひとつになって、すごく楽しいひとときを過ごしました。ジュース拾いで雪山を掛けてくる子どもたちからは、笑顔がはじけ、冬の遊びを満喫しました。
子どもたちは幼稚園のグラウンドの雪坂でも、そり滑りを仲間と共に楽しんでいます。
今回は雪坂造りの縁の下の力持ち達を紹介をさせていただきます。雪が降り始めると、元気に遊ぶ子どもたちを想像し「今年は、どんな雪坂が造れるかな~」と、雪坂の原型造りをして下さった鈴木重機の皆さん。「安全に滑れるように」とスロープ造りに励んでくださる道北ワークセンターの皆さん。ご家庭の皆さまと共に多くの方々に支えられています事を感謝しつつ3期も子どもたちと元気に歩みたいと思います。
「新しい歌を主に向かって歌え。全地よ、主に向かって歌え。」
詩96編1節
名寄幼稚園宗教主任 ロバート・ウイットマー
聖書の中で歌を歌うことと喜びながら身体を動かすことは良いこととされています。そうするのは人間だけではなく、被造物(神様に創られたもの)のすべてです。旧約聖書にこんな言葉があります「あなたがたは喜びをもって出てきて、安らかに導かれて行く。山と丘とはあなたの前に声を放って喜び歌い、野にある木はみな手を打つ。」(イザヤ55:12)
とても詩的で、素敵な表現ではないでしょうか。確かに、身体を動かし、歌ったり踊ったりすることは脳に刺激を与え、健康にもいいです。そして、音楽は「世界の共通言語」とも言われています。音楽を通して世界の多くの人々とつながることが出来ます。
今年度の名寄幼稚園の礼拝において新しい歌をいっぱい歌いました。はじめて聞く歌でも子どもたちが大声で一生懸命歌ってくれ、身体を動かす歌を歌う時も積極的に動いてくれたことは本当に嬉しかったです。主に向かって歌う時、上手下手関係なく生きる力になると思います。
卒園式が近づいてきていますが、卒園する子どもたちが一緒に歌った歌を少しでも心に受けとめて、その歌が心の支え、また励ましとなることを心から願っています。誰も私たちから音楽を奪い取ることはできません。嬉しい時も、悲しい時も主に向かって歌を歌い続け、神に愛されていることを覚えつつ大きくなることをお祈りしています。
2011.10月
2011年10月号 名寄幼稚園 園長 中川貞惠
今年も幼稚園の菜園では、学年ごとに色々な野菜を育て収穫する事ができました。
春、年少児が緊張しながら小さな手でそ~っと植えたトマト・なすび・きゅうり・ピーマンは成長していく過程を身近に見る事ができ、「きゅうりは、きらい」と言っていた子どもがポリポリ食べている姿に嬉しくなりました。年中児は、トウモロコシを移植ポットで苗から育てるという難しいところから始めました。角のような芽が出てきた時は感動し、定植してからは茎や葉がぐんぐん変化して伸びていく様子を見守り、実が大きくなることを楽しみにカラス対策もして待ちました。立派に実ったトウモロコシを茎からギュッギュッともぎ取っている子ども達からは、喜びと達成感が伝わってきました。年長児は自分たちの分だけでなく、めだか教室の子どもたちもみんなで収穫を喜び合うことができるようにとジャガイモを植えました。「大きいジャガイモになりますように」との願いを込めて草取りもしました。「おおきいのみ~つけた」「ここにもあったよ」と土の中からごろごろと出てくるじゃがいもを見つけ歓声と笑顔であふれました。
自然の恵みに感謝し、食育につながる豊かな体験を自家菜園で出来るのを喜び合いました。
「神よ、すべての民があなたに感謝をささげますように。すべての民がこぞってあなたに感謝をささげますように。大地は作物を実らせました。」 詩67編 6,7
名寄幼稚園宗教主任 ロバート・ウイットマー
今年も収穫感謝祭の時期が近づいて来ました。種がまかれ、芽生え、育ち、実る、これはわたしたちが毎年経験する「命の軌跡」です。大地が生み出して下さったこの実りはわたしたちの命の源であると思う時、感謝をせずにいられないのではないでしょうか。
教会で歌っている賛美歌にこんな歌詞があります:
大いなり、主の恵み
この土に 今立ちて、
米粒に宿る愛 手に受けて、主をたたえん。(さんびか21:388)
わたしたちの命を支えてくれる食べ物は神の恵みによって与えられ、米粒の一つ一つに神の愛が宿っているということです。神に愛が詰まっている米粒をゆっくり噛み締めながら収穫の喜びを分かち合いましょう。
神の恵みに感謝しつつ、今この世界に毎日空腹のまま眠りにつく8億5千万人以上(そのほとんどが子どもと女性)の人々がいること、また今年の日本で、地震、津波、原発、台風の被害によって収穫の喜びを得られない人々が大勢いることを覚えたいです。
世界のすべての人々に安全で、安心して消費できる、神の愛が宿っている十分な食糧を得ることができるように祈り続けます。
2011.9月号
「…信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。」 コリントの信徒への手紙 一 13:13 名寄幼稚園宗教主任 ロバート・ウイットマー
この聖書の言葉は、ある教会に送られた長い手紙の一部です。手紙を書いた人はその教会の人たちに人間にとって最も大切なものを伝えようとしています。しかし、信仰と希望と愛と言われても、神様ご自身と同じで目に見えて、手でつかめるものではないのです。
7月末に、原発の事故で不安の毎日を送っている福島県会津地方に住む水田農家の友だちからから手紙がきました。こう書いています「何よりも、信じることが許されている、そのことに感謝して歩んでいます。感謝!北の大地の仲間にもよろしくお伝えください。」。この友だちはお米を作ってもそれを出荷できるかどうかわからない状況で、出荷出来ても日本の消費者に買ってもらえるかどうかも分からないのです。それでも「感謝」するということはどういうことでしょうか。もがいている日々の中、友だちは神様に見捨てられていないという確信を持っていると思います。神様が共にいるという信仰は未来への希望につながり、神様の愛を信じる力にもなります。神様の愛を信じる時、その愛は本物だという確信を持った時、「感謝」(ありがとう)という言葉はとても自然に私たちの心の奥深い所から湧きあがり、私たちの口から出るのではないでしょうか。
多くのものを失った友だちが神様の愛を信じ続け、その愛が福島県で新しい未来を拓くように働くことを祈らずにおれません。



