6月, 2011年
2011年5月号
「あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」 ヨハネによる福音書16:33 名寄幼稚園宗教主任 ロバート・ウイットマー
イエスが十字架につけられ、殺される直前に自分の仲間(弟子たち)に語った言葉です。その時、弟子たちは何が起ころうとしているかあまりわかっていなかったようですが、後になってこの言葉を思い出して力を得たことは間違いないと思います。
生きると言うことは苦難が伴うことです。もちろん、楽しいこと、喜ばしいこと、感謝できることもたくさんあります。だけどこの「世」(世界、生活、人生)で、私たちは多くの苦難や苦労を経験します。イエスがこの世を去った後、残された弟子たちは実に激しい迫害を受けました。
わたしたちは迫害を受けないのかもしれませんが、私たちが経験する様々な苦難に対してイエスは「勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」と言ってくれます。「世に勝っている」とはどういう意味でしょうか。それはイエスの十字架によって示された神の愛は、この世のすべての苦難と苦労より強いという意味だと思います。
今年のイースター(イエスのよみがえりを記念する日)は4月24日でした。この日にイエスキリストはよみがえることによって十字架という大きな苦難に勝って神の愛の勝利を宣言しました。
それでも、苦難は苦難です。苦しいです。けれど、私たちが求めればその苦難の中に神の愛が必ず働いていて私たちに希望を、そしてその苦難を生き抜く力を与えてくれます。
2011年4月号
「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう」
マタイによる福音書11章28節 名寄幼稚園宗教主任 ロバート・ウイットマー
大震災、津波、原発による巨大な災害が日本を訪れてからもはや一か月が過ぎようとしています。その死者、行方不明者両方を合わせたら現時点で28,000人以上となり、おそらくこれからもっと増えるでしょう。
地震が起きてから「がんばって」とか「がんばれ」という言葉をよく耳にしました。被災者も「がんばります」と言ったり、テレビでインタビューされた人々も「がんばって」と言ったり、支援広告にも「みんなでがんばれば大丈夫です」のような文言が使われていました。私がテレビを見ている限り、一人だけインタビューの中で「私は被災者に『頑張って』と言いません。『精一杯甘えてください』と言いたいです。」と言いました。私の心はこの言葉に強く打たれました。不安に満ちあふれ、無力感に襲われ、すべてを失った被災者に「がんばって」という時ではないと思います。
「甘え」とか「甘える」という言葉は日本の独特な概念であり、なかなか他の言葉に訳せませんが、その思いは聖書のどこにしるされているかを考えた時にイエスの言葉が浮かびました。「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」イエスのもとに行き、その愛の腕に抱きしめられ、そこで静かに泣く。それでいいです。今がんばらなくてもいい。
多くの被災者が何かの形でその愛を知り、慰めと生きる力を得られることを祈ります。